ミチ・オカク「量子超越」8章 地球を養う

第8章  地球を養う

現代史において、ある男は、地球上でだれよりも多くの命を救う結果をもたらしているが、その名は一般の人にはほとんど知られていない。確かな見積もりによれば、およそ半数の人類はこの男の発見のおかげで今日生きているのだが、彼を褒め称える伝記もドキュメンタリーもない。フリッツ・ハーバーは、ドイツの化学者で、この惑星の全人類の命に影響を及ぼした。彼は、人工肥料の製造法を発見した男だ。われわれが食べている食品の50 パーセントはハーバーの先駆的な研究と直接かかわりがあるが、その貢献はめったに歴史家に称えられることはない。

ハーバーは、緑の革命のきっかけを与えた。自然の秘密をこじ開けて無限と言ってもいいほどの肥料を作り、現在の地球を養えるようにしたのだ。彼は、空気から窒素を取り出して肥料を作り出せる重要な化学的プロセスを発見して、世界の歴史を変えた。かつては小農がやせた土で苦労しながら細々と暮らしていた場所に、今では青々とした作物が見わたすかぎり広がっている。 飢 《き》 餓 《が》 に瀕した国々の不毛の荒野が、実り豊かな緑の農場に変わっているのだ。

ところが、彼が歴史で果たした役割は、その見事なブレイクスルーが、強力な爆薬や毒ガスなど、壊滅的な化学兵器を作るのにもつながるという事実によって 汚 《けが》 されている。この惑星に住む何十億もの人がこの男のおかげで生きているのだが、彼の成果は何万もの命も奪った。彼の発見が戦場にもたらした恐るべき破壊で、人々が死んだのである。

さらにわれわれは、彼が考案したハーバー=ボッシュ法と呼ばれる技術が大量のエネルギーを食うため、エネルギー供給に負担をかけ、環境汚染、ひいては気候変動を悪化させるという事情を抱えながら生きるはめになっている。

だが問題は、分子レベルで複雑すぎるために、100年にわたりだれもハーバー=ボッシュ法を改良できていない点にある。そこで量子コンピュータが、ハーバー=ボッシュ法の代替手段や改善策を与えてくれる望みもある。その結果、大量のエネルギーを吸い上げたり、環境問題をもたらしたりせずに、この惑星を養えるようになるのだ。

しかし、ハーバーの先駆的な成果と、彼の発見を改良するために量子コンピュータが必要であることを理解するには、まず、かつてマルサスが予言した 暗 《あん》 澹 《たん》 たる運命を免れるためにハーバーが果たした多大な貢献について理解する必要がある。

 

 

人口爆発と食糧難

 

 

1798年、トマス・ロバート・マルサスは、いつか人類の人口が食糧供給を上回り、大規模な飢餓と大量死がもたらされると予言した。彼によれば、すべての動物は生死をかけた終わりなき闘争にいそしみ、その数が生息環境の収容力(扶養能力) を超えると、多くが餓死するのだった。ヒトも例外ではない。われわれも、十分な食糧があるかぎりでしか栄えられないというこの鉄則に縛られている。だが、食糧供給は徐々に増すだけなのに、人口が急激に増えるので、いずれは人口が供給可能な食糧を凌駕してしまう。すると、暴動や大規模な飢餓を経て、国々が資源を取り合う残虐な戦争が起きるおそれがあった。

19 世紀、この恐るべき予言が現実になりそうなことが明らかになっていった。人類の人口は何千年も比較的安定していたが、それから空前の割合の急増が起きた。産業革命と機械の時代の到来が、人口の急速な増大をもたらしたのである。

(私は小学生のとき、これを鮮やかに説明するものを目にした。ある実験で、栄養をたっぷり入れたシャーレを用意し、その中央に少しばかり細菌をのせた。それから数日で細菌は急激に増え、細胞が大きく集まった丸いコロニーができたが、そこでいきなり止まった。どうして細菌は繁殖を止めたんだろう? 私は自問した。やがて、細菌のコロニーが栄養を取り込んですばやく増えたが、食物を食い尽くして死んだのだとわかるようになった。したがって、この食物と繁殖を求める生死をかけた闘争は、シャーレで起きるマルサス的闘争だったのである)

今日、世界の食糧供給は肥料に強く依存している。肥料に必須の原料は窒素で、われわれのタンパク質やDNA分子にも見つかる。皮肉にも、窒素はわれわれが呼吸する空気に最も多く含まれる物質で、およそ80 パーセントを占める。不可解なことに、マメ科植物(ラッカセイやインゲンマメなど) の根で育つ単純な細菌は、空気から窒素を引き抜いて、炭素や酸素や水素などの分子を使って「固定」し、肥料を作るのに欠かせない原料であるアンモニアを生み出す(* ) 。

こうした細菌は、どうにかしてややこしい化学的プロセスをマスターした。ありふれた細菌がやすやすと空気から窒素を引き抜き、植物に活気を与える肥料を作り出しているのに、今も化学者は、母なる自然を効率良く再現できずに途方に暮れているのだ。

なぜかというと、われわれが呼吸する空気に含まれる窒素は、実際にはN2 で、2個の窒素原子が3本の共有結合によってきわめて緊密にくっついているからである。この結合はあまりにも強くて、通常の化学的プロセスでは断ち切れない。だから化学者は、しぶといジレンマを抱え込んでいる。われわれが呼吸する空気には植物に活気を与える窒素がふんだんにあり、原理上は肥料が作れるのだが、その窒素は不都合な形態で、うまく使えないのだ。

これはまるで、話によく出る、塩水だらけの海でのどが渇いて死にかけている人のような状況だ。水に囲まれているのに、一滴も飲めない。

この問題は、第3章のシュレーディンガーのくだりで説明した原子の観点から見るとわかりやすい。窒素には7個の電子があり、そのうち2個が1S軌道に存在するふたつのスペースを満杯にしたうえで、残りの5個が2番目のレベルに入る。1番目と2番目のレベルの軌道を満杯にするには、10 個の電子が必要になる(電子はペアで軌道を回り、ホテルの1階には2個の電子が入る部屋がひとつあって、2階には4つの部屋のそれぞれに2個ずつ電子が入ることを思い出してほしい) 。したがって、2番目のレベルでは、2個の電子が2S軌道に入り、残る3個は 、 、 軌道に1個ずつ収まる。その結果、ペアになっていない不対電子が3個できる。この窒素原子がもうひとつの窒素原子と結合すると、新たに3個の電子がふたつの原子のあいだで共有されるので、電子の数は、1番目と2番目のレベルを満杯にするのに必要な10 個に到達する。そしてなにより重要なことだが、三重結合ができて、これは非常に強い。

 

 

戦争と平和のための科学

 

 

ここで、フリッツ・ハーバーの成果の出番だ。早くも子どものときから、彼は化学のとりこになり、自分で実験をよくおこなっていた。父親は染料や顔料を輸入する裕福な商人で、ハーバーはときおり父親の化学工場で手伝いをしていた。彼は、事業や科学で成功を収めていたヨーロッパのユダヤ人の若い世代のひとりだったが、やがてキリスト教に改宗した。だがなによりも彼は、愛国心が強く、みずからの化学の知識でドイツを助けたいという確たる望みをもっていた。

ハーバーは化学の多くの謎に目を向け、空気中の窒素を利用して肥料や爆薬といった有用な製品を生み出すなどした。その際、ふたつの窒素原子を引き離すには、非常に高い圧力と温度をかけるしかないのだと気づいた。窒素の結合は力ずくで断ち切れる、と考えたのだ。そして、実験でぴったりの魔法の組み合わせを見つけて歴史を変えた。空気中の窒素ガスを摂氏300度まで加熱し、大気圧の200~300倍の圧力をかけると、ついに窒素分子を断ち割り、水素と結合しなおしてアンモニア(NH3 ) を生成することができたのである。史上初めて、増えゆく世界人口を養うために化学を利用することができた。

彼は1918年に、この先駆的な成果によってノーベル賞を受賞することになる。今日、あなたの体を構成する窒素のおよそ半分は、ハーバーの発見からもたらされたものなので、彼の不朽の遺産があなたの原子に刻み込まれている。現在の世界人口は80 億を超えており、彼のなし遂げた仕事がなければこの人口は養えないだろう。

しかし、ハーバーのプロセスは窒素を非常に高い圧力と温度にしなければならず、大量にエネルギーを食うので、世界のエネルギー出力の2パーセントも消費している。

ハーバーが考えたのは、肥料だけではない。ドイツの愛国者として、彼は第一次世界大戦中、ドイツ軍を熱烈に支持しており、窒素分子にたくわえられたエネルギーを利用すれば、植物に活気を与える肥料のみならず、命を奪う爆薬も作ることができた(未熟なテロリストさえ、このプロセスを知っている。集合住宅1棟を跡形もなく破壊できる肥料爆弾は、一般的な肥料に燃料油をしみ込ませて作られる) 。そこでハーバーは、ドイツの偉大な軍隊に貢献すべく、自分が考案したプロセスからできる別の副産物、硝酸塩を使い、毒ガスのほかに爆発性の化学兵器も作った。それらは多くの無辜の命を奪うことになる。

こうして、皮肉にも、世界人口を増大させる化学反応をマスターした男が、何万もの無辜の命も奪ったのである。彼は、化学戦の父とも呼ばれている。

だが、ハーバーの人生には悲劇的な面もある。平和主義者だった妻は、おそらく彼の化学戦や毒ガスの研究に反対したために、自殺を遂げた。彼は数十年にわたり政府とドイツ軍を支援する仕事をしたが、1930年代になって、反ユダヤ主義の波が国内に広がるのを感じるようになる。ハーバーはユダヤ人でもキリスト教に改宗していたが、どこか避難先を見つけようとドイツを出て、1934年に体調を悪くして亡くなった。第二次世界大戦中、ナチスの軍は、ハーバーが開発して完成させた毒ガス、チクロンBを使って、強制収容所でハーバー自身の同胞を数多く殺した。

 

 

ATP──自然界の電池

 

 

非効率なハーバー=ボッシュ法を改良するという課題に取り組むのに量子コンピュータを利用しようとしている科学者は、母なる自然がどのように窒素固定をおこなっているかを理解する必要性に気づいている。

窒素の結合を断ち切るために、ハーバーの手法では、外から高温と高圧をかける。そのせいでとても非効率になる。ところが自然はそれを常温でおこない、高温の炉もコンプレッサーも要らない。ふつうは巨大な化学工場を必要とすることが、ただのラッカセイにどうしてできるのだろう?

自然界において、基本的なエネルギー源はATP(アデノシン三リン酸) という分子であり、これは生命の 役 《えき》 馬 《ば》 で、自然界の電池と言える。あなたは筋肉を収縮させたり、息をしたり、食物を消化したりするたびに、ATPのエネルギーを使って組織に燃料をくべている。ATP分子はあまりにも基本的なものなので、ほぼあらゆる形態の生命に存在し、これは何十億年も前に登場した事実を示している。ATPがなければ、地球上のほとんどの生命は死んでしまうだろう。

ATP分子の秘密を明らかにするためには、その構造を分析することが重要になる。この分子では3つのリン酸基が鎖状につながり、どのリン酸基でも、リン原子を酸素と水素が取り囲んでいる。分子のエネルギーは、最後のリン酸基にある電子にたくわえられている。身体は、生物学的機能を果たすのにエネルギーを必要とするとき、その電子にたくわえられたエネルギーを使うのだ。

植物の窒素固定を調べていた化学者たちは、1個のN2 分子を断ち割るエネルギーを提供するのに、12 個のATP分子が要ることを見出した。これですぐに、何が問題なのかがわかる。通常、原子は一度に全部ではなく順々にぶつかり合う。だから複数の原子が別の複数の原子にぶつかる場合、それは段階的に起こるにちがいない。つまり、ATPがN2 を分解するプロセスは、実に多くの中間段階を経て進むことになる。

自然の状態で、ランダムな衝突によって12 個のATP分子のエネルギーを利用するには、何年もかかるだろう。もちろん、これでは生命を生存させるには遅すぎる。そのため、このプロセスを大幅に加速するためにいくつものショートカットが必要になる。

量子コンピュータは、この謎を解くのに使えるのではなかろうか。それにより、このプロセスを分子レベルで明らかにし、うまくいけば、窒素固定のプロセスを改良したり別のプロセスを見つけたりすることもできるかもしれない。

『CBインサイツ』誌の記事にはこのようなくだりがある。「今日のスーパーコンピュータで、アンモニアを合成する最良の触媒の組み合わせを見つけようとすると、答えを出すのに何世紀もかかるだろう。ところが、高性能の量子コンピュータなら、さまざまな触媒の組み合わせをはるかに効率良く分析でき──これも化学反応のシミュレーションへの応用──優れたアンモニア合成法を見つけられそうだ[1 ] 」

 

 

触媒──自然界のショートカット

 

 

鍵を握るのは触媒と呼ばれるものだ、と科学者は考えている。量子コンピュータでそれを分析できるのではないかと。触媒は、見物人のようなものだ。化学反応に直接関与しないが、どういうわけか、それがあるだけで反応が促進される。

通常、体内の化学反応はかなり遅く、長い時間をかけて起こるものもある。だが時として、魔法のようなことが起きてそうしたプロセスが加速する結果、ほんの一瞬で起こる場合がある。ここに触媒がかかわっている。窒素固定のプロセスに対しては、ニトロゲナーゼという触媒〔このように生体内で触媒の働きをするものを酵素という〕 が存在する。指揮者と同じように、この触媒の目的は、12 個のATP分子を窒素に結合させて三重結合を断ち切るのに必要な、多くの段階をうまくとりまとめることだ。したがって、ニトロゲナーゼは「第二の緑の革命」を起こすための鍵を握っている。だが、あいにく現在のデジタルコンピュータは未熟すぎて、その秘密を解き明かせない。しかし量子コンピュータは、この重要なタスクにうってつけかもしれない。

ニトロゲナーゼのような触媒は、2段階で働く。まず、触媒がふたつの反応物を引き合わせる。触媒と反応物はジグソーパズルのように組み合わさり、ふたつの反応物が結合しやすくなる。次に、反応が起きるのに必要なエネルギーは活性化エネルギーと呼ばれるが、それが高すぎると反応物同士が相互作用を起こせない。ところが触媒は、活性化エネルギーを下げるので、反応が進むようになる。すると反応物同士が結合して新たな化合物ができるが、触媒はそのまま残る。

触媒の働きを理解するために、別々のふたつの都市に住む男女を引き合わせようとする仲人を考えよう。ふつう、このふたりがあくまでランダムに出会う可能性はきわめて低い。何キロメートルも離れたまったく別の範囲で活動しているからだ。ところが仲人は、この男女と連絡をとってふたりを引き合わせ、ふたりのあいだで何かが起こる可能性を大幅に増すことができる。そして体内の重要な化学反応はほぼすべて、なんらかの触媒によって媒介されている。

ではここで、量子の仲人を導入しよう。この仲人は、時として男女を結びつけるためにそっと後押しする必要があると知っている。たとえば、ある人は内気だったり、無口だったり、神経質だったりするかもしれない。何かが妨げになって、緊張がほぐれない。言い換えれば、活性化の障壁を乗り越えないと、付き合いに踏み出せないのだ。そこで役目を果たすのが量子の仲人で、緊張をほぐしたり、ふたりを隔てる障壁を破るのを助ける。これがトンネル効果であり、一見通過できない障壁を通り抜けられるという、量子論の奇妙な特性だ。トンネル効果は、ウランなどの放射性元素が放射線を発する要因でもある。放射線が原子核の障壁を突破して外の世界に届くからだ。地球の中心を温め、大陸移動を起こす、この放射性崩壊のプロセスは、トンネル効果による。だから、今度巨大な火山の噴火を目にしたら、あなたはトンネル効果の威力を目の当たりにしていることになる。同じように、ATP分子はそのエネルギーの障壁を魔法のように「トンネル」して、化学反応をなし遂げることができる。

さらに、生命の生存を可能にする重要な反応はほぼすべて、触媒を必要とし、生命の誕生そのものが量子力学のおかげらしいということもわかる。

残念ながら、ニトロゲナーゼによる窒素固定は非常に複雑なプロセスなので、その解明の 進 《しん》 捗 《ちよく》 は、これまで着実ではあるが遅かった。現在、科学者はニトロゲナーゼの分子がどのようなものかについて、完全な分子構造を図示できているが、あまりにも複雑なので、厳密な働き方はだれにもわかっていない。プロセス全体はややこしすぎて、デジタルコンピュータで秘密を解き明かせる望みがない。ところが量子コンピュータはもっと秀でていて、プロセスを可能にするすべての段階を明らかにすることができるだろう。

この野心的なプロジェクトを検討している一企業が、マイクロソフトだ。Xボックスなどが当たって商業的に成功を収めたのに続き、同社はリスクが高いが儲かる見込みのあるプロジェクトを探っていた。さかのぼって2005年にすでに、マイクロソフトは量子コンピュータのような現実離れしたプロジェクトに関心を向けていた。当時、ステーションQという研究所を立ち上げて、窒素固定や量子計算といった問題に取り組みだしたのである。

「われわれは、研究から開発へ移れる変曲点に立っていると思う」とマイクロソフトの量子プログラムを担当する副社長、トッド・ホルムダールは語る。「世界に大きなインパクトを与えるには、多少のリスクを冒す必要がある。今こそそうするチャンスだと私は思う[2 ] 」

ホルムダールはこれをトランジスタの発明にたとえたがる。それが発明された当時、物理学者は自分たちの発明の実用化を考えあぐねていた。なかには、トランジスタは海で船に信号を送るぐらいにしか使えないと考える人もいた。同じように、マイクロソフトによる量子コンピュータの創造は、『ニューヨーク・タイムズ』紙が「SF」になぞらえていたが、社会を思いもよらぬ形で一変させる可能性がある。

マイクロソフトは、窒素固定の問題をぜひとも解決したがっている企業のひとつで、現在すでに、第1世代の量子コンピュータを使って、このプロセスの謎を解明できるかどうか確かめているところだ。その解明がもたらす影響は絶大で、第二の緑の革命を起こし、急増する世界人口を低いエネルギーコストで養う可能性を秘めている。解明できなければ、悲惨な事態をもたらすおそれもあり、前に人口爆発のくだりで述べたように、暴動や飢餓、戦争につながるかもしれない。

最近、マイクロソフトは、トポロジカルキュービット〔第5章で紹介したトポロジカル量子コンピュータが用いるキュービット〕 にかんするいくつかの実験結果が正しいものにならなくて挫折を経験したが、量子コンピュータの熱烈な信者にとって、それは一時的な障害にすぎない。

それどころか、グーグルのCEOスンダー・ピチャイは最近、量子コンピュータで10 年以内にハーバーのプロセスを改良できるのではないかと思う、と公言している[3 ] 。

量子コンピュータは、いくつかの点で、この重要な化学的プロセスを解析するうえで欠かせないものとなるだろう。

 

 

・ニトロゲナーゼを構成するさまざまな要素について波動方程式を解くことにより、原子単位でこの複雑なプロセスの解明に役立ちうる。この助けを借りれば、窒素固定において見落とされている多くの段階が、ことごとく明らかになるだろう。

・力ずくでも触媒によるものでもない、N2 の結合を断ち切るさまざまな方法を、バーチャルの環境でテストできるかもしれない。

・さまざまな原子やタンパク質を別のものに取り替えるとどうなるかをモデル化でき、異なる化学物質によって、窒素固定のプロセスがより効率的で、エネルギー消費や公害の少ないものになるかどうかを確かめられる。

・新しい触媒をいろいろテストして、プロセスを加速できるかどうかを確かめられる。

・タンパク質鎖の立体配置を変えてさまざまなタイプのニトロゲナーゼを試すことで、その触媒特性を改良できるかどうかがわかる。

 

 

したがって、もしもマイクロソフトなどが窒素固定の謎を解明できたら、人類の食糧供給に莫大な効果を及ぼせるだろう。しかし科学者は、量子コンピュータに対してほかの夢も抱いている。彼らは、エネルギー効率の良い食糧生産を実現したいだけではない。エネルギーそのものの理解もしたがっている。量子コンピュータで、エネルギー危機を解決できるのだろうか?

 

 

*  訳注 アンモニアを作るのには本来窒素と水素しか要らないが、細菌による窒素固定反応では炭素や水素やリンも含むATPという分子なども関与してアンモニアが作られる。